忙しない日々に思うこと

前回の更新から、早くも一か月以上が経過した。本当に時間が過ぎるのが速い。「若い頃と、時間の流れる速度、変わってないか?」と疑いたくなる。

時々、私は「ああ、1日が26時間くらいあればいいのに」と夢想してしまう。

やるべきことは山のようにあり、自分のやりたいことも同じくらいたくさんあるのに、なかなか後者には手をつけられない。

もちろん、家庭のことや、生活するための労働は「義務」だから、おろそかにはできない。そうやって目の前の義務を果たしながら日々を過ごしていると、どうしても自分のことは後回しになってしまう。

ブログだって、かつて別の場所でやっていた頃は、毎日のように更新していた時期もある。暇があったんでしょうねえ…(遠い目)。

ひとりで子どもを育てながら働くだけでも十分に大変。それに加えて、自分が今やりたいこと、そして将来やりたいことのための勉強などなど。いくら時間があっても足りないという感覚を、日々味わっている。

それでも総体的にみたら、今のほうが若い頃より幸せ。

若い頃と今とで、どちらが大変かと問われれば、それはもう比較にならないくらい、今のほうが大変。

だけど、「楽である」ことと「幸せである」ということは、まったく違う次元に存在する。この二つの状態の間には、太陽系と、どこか遠くにある未知の惑星系くらいの途方もない距離がある。

それを、この数年間で学んだ。いや、学んだというよりも、自らの体験をとおして必然的に知った。こういうのは、エラい人の本を、どれだけたくさん読んでも、実際に体験しないとわからない。

別に私は、自分は人生経験が豊富だとか言って、自慢したいわけではない。ただ、楽をしたいとか、生活レベルを落としたくないとかいう理由で、職業を選んだり、誰かと一緒にいるべきか否かを決めてはいけない、と言いたいだけ。

勇気をもって新しい一歩を踏み出すことが、自分の未来をつくる。

そして、自分と、自分にとって大切な人の権利を守るためには闘わなければならない時もある、ということ。これは日本人に一番足りない部分。

「闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう」と、中島みゆきは歌った。

しかし、最後に笑うのは「闘う君」だと私は思う。今のところ、私はそう信じていられる。これからも、ずっと信じ続けていたい。

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