「女性の活躍」という言葉の意味について考えてみた

最近、「女性の活躍」とか「女性が輝く」という類の言葉をよく目にします。テレビのニュース番組などでも、よく耳にしますよね。

いや、「最近」どころか、かなり前から存在する言葉かもしれません。まあ、こうしたキャッチフレーズが長きにわたって使われ続けているということ自体、その理念をいまだに実現できていないという証拠なのでしょうが…。

ともかく今回は、この「女性の活躍」とは具体的にどんな意味をもつのかを、私なりに考えてみます。

ただし、私がこの問題について考え始めてから、まだ日が浅いです。おそらく勘違いしていることも、理解が不足している箇所もあるでしょう。これからも考え続けて、思考を深めていきたいと思います。どうか、あたたかい眼差しで読んでやってください。

なお、この記事の中に現れる「女性の活躍」という言葉は、基本的に、国が目指しているであろう「女性の活躍」のことです。今回の記事は、その言葉が意味するところ、また、それを実現するための課題や方策を私なりに推測し、考える試みです。

1 性別にかかわらないライフステージについて考える

1-1 人生における主なステージ

まず初めに、性別にかかわらず、人が生きていれば自然と直面せざるをえない、さまざまな局面を挙げてみます。人の一生における主要な段階ですね。最近だと「ライフステージ」と呼ぶのでしょうか(和製英語かもしれませんが…)。

① 学校を修了する(進学・卒業)

② 働く

③ 結婚する(パートナーをもつ)

④ 子どもをもつ

⑤ 子どもを育てる

⑥ 健康で長生きする

社会から賞賛される人生とは、上に書いた6つのステージを達成するものだと、私には思えます。誤解のないように書いておきますが、働きながら学んだり、学生のうちに結婚するなど、すべての人が①から⑥の順番で生きるわけでないことは大前提としています。

あくまでも、「ふつうであることが大好きな世間の大人なら、これが標準的人生と考えるであろう」という視点で、6つの段階を挙げてみました。

1-2 各ステージの現状や課題

次は、1-1の各ステージにおける現状や課題について、簡潔に考えてみます。

①の「進学・卒業」は、たとえば現在の男女別の大学進学率を見ると、少なくとも最大の課題ではないように思えます。今日では、男性とほぼ変わらない比率で、女性が高等学校を卒業後、さらに大学や専門学校などに進学・卒業しているからです。

しかし、家庭の経済的な理由などで、進学・卒業が困難になることもあります。こうした人たちへの支援は、さらに充実させる必要があるでしょう。

②の「働く」には、さらに多くの課題があるように思えます。初めの「就職する」という段階はもちろん大切ですが、希望する人が長く働き続けることができるということも重要です。

また、いったん働き始めたけれど、何らかの理由で離職した後、再び働くことができる環境づくりも大切です。「雇用の流動化」というやつですね。しかし、雇用の流動性を高めるということは、必ず同時に、終身雇用のあり方が変わっていくことも意味します。

私は、企業が新卒一括採用にこだわることをやめたらいいと思います。それは就業機会の公平性という観点からしても望ましいです。

新卒時に、たまたま世の中が不景気だったせいで就職が困難になり、希望しているのに正規雇用労働者になれずに、非正規の働き方を強いられている人たちもいます。

また、新卒時に正規雇用の職を得た人が、いったん離職して再就職しようとすると、非正規雇用の選択肢しかなくなるという現象もあるでしょう。この原因のひとつは、企業が新卒時に雇用した正規労働者の身分を保護する目的もあり、新卒以外の労働者を雇用する際、非正規にせざるをえない現状があるのかもしれません。

今まさしく、新型コロナウイルスの影響で、多くの企業が新卒採用数を大幅に縮小していますから、この新卒一括採用の慣習は早急に見直されるべきだと、あらためて思います。

ただし、雇用の流動化に関しては、その道の専門家の議論を参照するのが一番だと思いますから、私はこれ以上ふれません。

(ひとつ付け加えると、正規、非正規という言い方ではない、もっといい表現があるような気がします)

③の「結婚する」については、最近、自治体が「AI婚活システム」を導入する際、国から費用の一部を支援するという報道がありました。

日本で少子化が進んでいる最大の原因は、結婚する人が減っていることです。既にさまざまなメディア等で示唆されていることですが、結婚した女性ひとり当たりの子どもの数は、ここ30年間ほどにわたり、ほとんど変わっていません。

少なくとも日本において、子どもを増やすためには、とにかく結婚してもらうのが一番の近道なのです。ですから、結婚する人を増やすために国が支援をすることには、一定の合理性があると思います。

④の「子どもをもつ」、つまり女性にとっては出産です。率直なところ、出産そのものに関しては、特段こうしたらいいという意見を私はもっていません。

子どもをもつことに関する最近の話題として、不妊治療への健康保険適用について国が検討することになったことが挙げられます。保険適用が実現するまでの間は、現行の助成措置を拡充するとのことです。これは大きな意義がありますね。

⑤の「子育て」については、乳児期、幼児期、小学校入学から大学等までの進学・卒業にいたるまで、非常に長期間にわたって多様な課題が存在します。ここで、それらの課題に踏み込むと、何冊もの分厚い本になってしまうでしょう。なにより、そんな本を著すほどの見識を、私は持ち合わせていません。

そして、子育てには唯一の正解というものがありません(やってはいけないことはありますが)。

社会全体にとって必要な理念を思いきり簡潔に表現するなら、「みんなが安心して子育てをする、できる社会にする」ということです。

(ちなみに、私はひとりで子どもを育てながら働く男性です。子育てと仕事の両立に関しては、自分のこととして日々考えています)。

* ⑥の「健康で長生きする」については、また機会をあらためて書きたいと思います。

2 女性の活躍とは何なのか

女性の活躍とは、国の本音を想像してみるに「女性も働きながら、(できるだけ)出産・育児もしてください」ということなのでしょう。

結婚するかどうか、子をもつかどうかは、個人の自由です。また、仮にそうしたいと願っても、いつも希望どおりになるとは限らないのが人生です。

こう書くと、「結婚や出産・育児をしなくても、働くこと自体が女性の活躍と言えるはずだ」と反論したくなる人がいるでしょう。

しかし、この国が抱えている最大の課題が「少子化」であることは間違いありません。ですから、子どもを産み育てやすい環境づくりを推進するのは、国として最も優先すべきことです。

子どもがほしいと人が願うのは、子孫を残したいという、生物としての基本的な本能に過ぎないかもしれません。ただし、子どもを育てることは、結果として、社会の持続的発展に大きく貢献するのも事実です。

今後どれほどAIが進化しても、やはり人間がいなければ社会は存続できません。だからこそ、国や自治体が税金を投入して、さまざまな子育て支援をする意義があるのですね。

3 女性の活躍を妨げている要素は何か

さて、女性の活躍を促進することを妨げているのは、どんな要素なのでしょうか。それは昔から存在する、下記のような社会通念や社会構造だと思います。(これらは私自身の価値観ではありません。下記の考え方や実態が、社会に存在するであろうという推測です

3-1 男性に関する社会通念(社会構造)

  • 男性は、女性より多く稼いできて家族を養うべきである(俗に言う甲斐性
  • その期待に応えるため、男性は長時間労働をして残業代を稼ぐことになる
  • 長時間労働をする人が「がんばっている」として高く評価されやすい
  • その結果、男性のほうが女性より昇進しやすい

3-2 女性に関する社会通念(社会構造)

  • 企業が「男性は多く稼ぎたいはずだから、給与の低い非正規には女性が適している」と考えている
  • 上記の理由もあり、女性は男性に比べて非正規労働者が多い
  • 育児休暇を取得したり、育児のための短時間勤務を選択するのは女性であるべきだ
  • その結果、育児により女性のキャリアが中断される
  • 育児が一段落した女性が再び働こうとしても、非正規労働を選択せざるをえない

この他にも、いろいろな社会通念や障壁が存在するのでしょうが、現時点での私が想像できる主なものは、上に書いたとおりです。

社会に存在する通念と、その社会の構造は表裏一体であるでしょう。また、社会の構造というものは、人々の考え方に、程度の差こそあれ、必ず影響を与えます。誰にとっても、自分が生きている時代や社会から完全に独立して物事を考えることは、とても難しいですから。

だからこそ、世の中を変えるためには、大変な時間と労力(お金も)が必要になるのです。

抜本的な解決のためには、国や自治体が法律・条例等を整備するのが一番です(と思っていたら、私の知らぬ間に、通称「女性活躍推進法」という法律が施行されていました)。

4 人は必ず活躍しなければならないのか

さて、長々と書いてきた末に、ちゃぶ台をひっくり返すようですみませんが(笑)、ここで私は根源的な問いかけをしてみたいのです。

人は、必ず活躍しなければならないのか。

生き方って、人それぞれ自由であるべきですよね。今回、私が上の「1」で挙げた6つの項目をすべて完璧に達成しなくても、人は幸せになれるはずです。

「人生いろいろな幸せ」を実現できる社会が、誰にとっても一番いい。

たとえば、夫婦と子どもで構成される、いわゆる「標準世帯」が、ここにあったとします。では次の3つの生き方のうち、どれが最も望ましいのでしょうか。

①夫も妻も、仕事、育児、家事を均等に行う

②夫が主に働き、妻が育児や家事を主に行う

③妻が主に働き、夫が主に育児や家事を行う

どれかひとつが、突出して素晴らしいのでしょうか。そうではないと思います。ただし、「女性の活躍」を唱える社会からすると、①の姿が最も望ましいとされているのでしょう。実際、いろいろな角度から総合的に考えると、①が最適解なのかもしれません。

ここで私が「最適解」というのは、個人の幸福と、社会全体の利益の双方を最大化するためには、①が最も効率的である可能性が高いというくらいの意味です。

別に、②や③の生き方を自ら好んで選ぶ家族があっても、一向に構いません。自分が好きでそうしていて、かつ他者の権利を侵害しない限りにおいて、よそ様からあれこれ言われる筋合いはありません。

5 その人自身が望む生き方の実現

要するに、最も解消されるべき課題は、「女性自身が望む生き方、働き方を選べる社会になっていない」、このことなのです。

そして、そのような社会は「男性にとっても、自身が望む生き方や働き方を選べない」状況をもたらしているのです。この現実に対しては、女性も男性も、無自覚な人たちがいるのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、自ら好きで選んだ生き方、働き方をしているなら、別に問題ないのです。世の中には「自分の夫は収入が結構あるし、妻である私は育児を中心にやりたいから、短めの労働時間で、そこそこの収入があればいい」と考え、あえて非正規雇用を選んで働いている女性もいるはずです。

たとえば、もしも私が女性で、夫の年収が3,000万円だったら、有償の労働をしない専業主婦をやっている可能性も高いです。そして、平日の昼間からママ友と一緒に、小洒落たトラットリアで3,900円のランチコースを楽しんでいたりして。あっ、スパークリングワインなんかも注文したいですね(笑)

それと、これは私の個人的な思いですが、ひとつ忘れてほしくないことがあります。世の中には、ひとりで仕事、育児、家事をすべてやっている人たちが存在することです(子どもがいる家庭なら両親そろっているのが当たり前、という固定観念は根強いです)。

もちろん、ずっと独身でいる人、結婚していて子どもはいない人、離婚して子どもを育てる人、初めから結婚せずに子どもを育てる人。それ以外にも、いろいろな経過をたどる人生があるでしょう。

人は、誰かとくっついたり離れたり。あっちに行ったり、こっちに行ったり。時々は立ち止まり、考えながら進んでいくものです。

6 まとめ

さて、このあたりで、現時点における私の結論を出します。読んでズッコケないでくださいね。

「人生いろいろ」。

文豪トルストイは「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」ということを書いたそうです。

しかし、幸福な人生の形がたくさんあればあるほど、自由で懐の深い社会と言えるのではないでしょうか。結局、何を考えても、いつも根本的な場所にたどり着く。人間にとって最も大切なこと。

一人ひとりの自由と権利を守る

どうやっても、そこに行き着いてしまうのが、私の癖なんです。

それでは、また。次はいつになるか、わかりませんが…。